
ポップカルチャ-と児童雑誌の社会文化史―『ウルトラ』『ドラえもん』「ファミコン」…の雑誌展開など
博士課程には休学期間含めて7年間在籍した。入学の年には第1子、その2年後には第2子が誕生し、さらには中学教師としてフルタイムで働く中での研究活動は、浅学菲才の身には厳しいものであった。
7年の中で、博士論文の構想は幾度も練り替え、その度に「特撮に関して網羅的」な文化史を構想することとなった。中でも、特撮と雑誌文化の関わりはきわめて重要なものとして、大きくページを割いた。小学館と講談社の二代巨頭は、『ウルトラマン』と『仮面ライダー』の両シリーズを積極的に取り上げた。そこではビデオ普及以前の内容の収録的内容を超えた雑誌の独自展開や、その独自展開のテレビ作品への流入といった事柄があり、これらはメディア文化論、あるいは社会文化史として特撮研究をする上で重要なトピックであると考えたのである。「ウルトラ兄弟」が小学館の学習雑誌から生まれた設定であることは今ではよく知られている。また、これらの雑誌記事の執筆を契機に、特撮を見る側、つまり消費者側から、雑誌誌面を通して特撮を見せる側、つまり生産者側に越境する先達も多かった。このことは現代のファン文化や、ポップカルチャー論壇の形成に与えた影響は大きく、その上でも雑誌と特撮の関係は重要だと考えた。
『『小学一年生』100年の現代史』では、幼少年層に向けた娯楽メディアと学習雑誌の関わりというものをその背景も含めて紹介している。戦後早くにディズニーキャラクターを扱い、その後、マンガ文化が隆盛する中で、手塚治虫、藤子不二雄、石森章太郎、永井豪…といった、現代マンガ史の巨匠たちの作品が協奏するプラットフォームとして機能する。藤子不二雄(藤子・F・不二雄)の『21エモン』のゴンスケは他の作品にも出てくるスターシステム的なキャラだが、それを次の作品の主人公にしてはどうかとの野上の意見に対して、藤子本人が子ども受けしないと言った話など大変、貴重な証言だろう。何せ、その後に生まれた作品は『ドラえもん』なのである。
『ウルトラ』シリーズは『ウルトラセブン』まで、講談社が掲載権を得ていたことで、小学館では放映終了していた『ウルトラQ』を題材とした絵物語を掲載する。そこでは「がんばれゴーガ」という絵物語について、小学館でストーリーを考えた後、円谷プロを訪れ、そこで金城哲夫や上原正三の監修を得たことが書かれている。だが、掲載された扉絵を見ると「ぶん/上原正三」とある。生前、上原氏に雑誌掲載の絵物語の話題を出した際、少し考えられた後で、書いていない旨を言われたのである。その際はそれ以上、詳細を聞かなかったが、今回、この記述を読んで合点がいった。
『ウルトラ』に関しては、ウルトラ兄弟の話題はもちろん、「同人誌」、大江健三郎「破壊者ウルトラマン」、「怪獣という存在への風当たり」などが語られる。
その後も、ファミコン、シルバニアファミリー、ポケモンといったその時々で席巻した児童文化の学習雑誌への影響、あるいはその相互作用について、『小学二年生』~『小学六年生』が休刊するまでの期間を対象に語られる。
それだけでも興味が尽きないが、学習雑誌の派生といえるいくつかの雑誌の刊行や、さらには講談社や学研の学習雑誌との競合など、児童に向けた雑誌の文化史を知る上でこの上なく貴重な話題が並ぶ。
雑誌の文化史という側面では、明治~太平洋戦争中の児童雑誌の動向も重要だろう。そこには学習の補完、上級学校への受験対策、あるいは童話やすごろくといったかたちでの子どもへの教養や娯楽を軸としていた誌面に、軍国主義に誘うような誌面が入り込んでくるのである。

私は小学一年生から六年生まで、欠かすことなく小学館の学習雑誌を読んでいた。いや、親の勧めで、幼稚園の年長組の秋から読んでいたのである。最初に読んだのは忘れもしない『小学一年生』1979年10月号である。
少年期に、380円で手塚マンガ、藤子マンガの新作を毎月読めたことがどれだけ贅沢なことであったか―ここ数年でそれを再認識していた。うちではこづかいが500円~600円だったので、学習雑誌を買うといくらも残らなかったが、ウルトラマン、ドラえもんが載っている雑誌を読めるのだから満足だった。母と一緒に書店に行って最新号を買うのが待ち遠しかった。その母も今月、77歳になった。
それにしても、良識ある大人たちが私たちに良質な娯楽、文化というものを提供してくれていたのだという事実を同書から認識した。著者の野上暁は本名上野明雄であり、同氏の名前は私が研究の道に入る以前どころか、幼少期から知っていたのである。『小学一年生』では積極的に編集人を誌面に載せていた(写真=実家に眠っていた私物の学年誌参照)。だから私にとって同氏は「あのヒゲとメガネの上野記者」なのである。その上野記者が同書「おわりに」に綴った文章には今の世界、日本に対する危惧の言葉も並ぶ。私が幼い頃に読んでいた雑誌は、このような良識ある大人たちのまなざしが注がれていたのだと思い、温かな気持ちになった。学習雑誌は最新の情報を追いつつも、いたずらに刺激を求めることがなかったのである。それがまた心地よかった。
2026年4月には、下の娘が小学校に入学する。ピッカピカのランドセルを背負って上の娘と学校へ通う日も近い。もう少ししたら久々に『小学一年生』を書店で手に取ってみようと思う。(2026/1/25)