
メディア文化史の一角としての「マンガ史」
2017年に北海道大学の博士後期課程に入った私は、同年の8月に第一子となる娘が誕生し、10月中旬から翌年2月上旬まで育児休業を取得した。この間に北大の修士課程の授業に参加し、リスキリングをしたのだが、学内の他の院の授業にも参加可能であったため、文学院の授業にも参加した。そこで近代文学でかなり著名な先生が「文学研究の究極の到達点は文学史を編むこと」だと仰っていた。(そしてそのような到達点には到底達成し得ないのだとも。)この言葉もまた、私が、特撮の文化史を博士論文の性質に加えると構想を成す一片となったのだが、その際に隣接分野の文化史として参照したのが同書である。
澤村修治は、マンガ研究が進んでいるのに「概説書」、「全体を鳥瞰する本」が思いのほか少ないことを述べた上で、大学の教材として用いられるコンパクトな一冊ものの文学史を意識して、同書を書いたのだと記している。
同書の特徴は、副題に「『鳥獣戯画』から『鬼滅の刃』まで」とあるように、マンガというジャンル確立以前の事柄から、今日までの状況という、想定できる最長のスパンでマンガ史を書いているだけではなく、文学史が文化史の一端であることを自覚的に捉えて書かれるように、「貸本」「アニメ」「テレビ」「深夜帯」「セカイ系」…といった関連する文化事象を積極的に取り込んで書いている点にある。加えて、手塚マンガや、その影響下にあるマンガ家の作品が隆盛する中で、貸し本、青年コミックをプラットフォームとする劇画はどのような存在であったのか、といった、マンガ史の中で並行的に存在する系譜を示していることで、澤村のねらい通り、マンガ史を鳥瞰することができる。
特撮とアニメは併せて「テレビまんが」と称されていた。また、マンガが映像化、あるいは映像作品がマンガ化されたりすることはよくある。つまり、マンガ以外のポップカルチャーを研究する場合にも、マンガの文化史を把握する必要性は生じる。その意味で同書はマンガ研究者のみならず、ポップカルチャーを中心に、諸領域の文化史を研究する者がマンガ史を知る際に有益であると思われる。(2024/10/9)