
軽佻浮薄の1980年代
テストで良い点が取れなくても、学校で嫌なことを言われても、帰宅してテレビを見れば明るい気持ちになれる―自分にとってのそんな時代の終焉。
1980年代半ばのことである。
大好きだった欽ちゃんの冠番組が次々と終わり、ノリや勢いで笑いを取る番組が増えた。血しぶきが飛ぶようなアニメ、扇情を煽るようなドラマが自分らの世代に向けて放たれ出した。それまで身近に感じていたテレビが遠いものに感じられ始めた。学校で、大人しい生徒を出汁に笑いを取ったり、ノリや勢いで周囲を圧したり、またそのようなことを通して女子とうまくやっているような、そんな連中の醸し出す空気を出す存在がテレビの中でも燦然と輝いていた。藤子アニメさえ、『キテレツ大百科』では主題歌で「ヒップフリフリでせまれば」、「胸なんかママよりもグラマー」、「覗きたいナ大人の秘密」「ボディーだけレディー」…といった歌詞が連なる。大好きだった特撮は、キカイダーが、変身忍者嵐が、嘲りの”ネタ”と化していた。(特撮が文化と見なされるのはもう少し後、主に90年代以降であった。)
弾かれた思いがした。
学校だけじゃなく、テレビさえも、僕にとっての快適な場所ではなくなった。
いつしかそんな趨勢も変わった。それは、ノリや勢いの主導者、あるいは教師に反抗したことを武勇伝のように語る連中が醸すような中学校、高校という学級集団の空気を牛耳る空間から僕が脱し、大学という場所に身を置くようになったという個人的経験によるのかも知れない。だが、バブル崩壊から数年がたち、バブル時代への回帰断念という諦念が世間に顕れ、果てには阪神大震災、地下鉄サリン事件という天災、人災が、時代の分節を余儀なくしたことは恐らく事実だろう。そして分節されたからこそ、客観視できる過去として今日に至るまで「80年代とは」という問いが繰り返し提出されている。
『バブル文化論〈ポスト戦後〉としての一九八〇年代』は、そんな80年代を軽佻浮薄が是認された年代なのだと説く。都市、ファッション、あるいは雑誌やテレビ等のメディア空間をフィールドとして、「80年代的なもの」を渉猟する。そして提示されるのは「真剣・暗い・黙る」ことが否定的に、そして「軽佻浮薄」が肯定的に受け止められたのが80年代という図式である。その前後となる、70年代や90年代との連続性、あるいは非連続性もまた示されている。
メディア論にとって、80年代とは饒舌にならざるを得ない時代である。フジテレビが「軽チャー路線」と言われるカラーを打ち出したのは有名だが、同時にこの年代はニューアカデミズムが台頭し、そこから派生した事象を眺めれば、軽佻ならぬ、軽妙に学問や文化が語られるような多面性も持ち合わせる時代なのであった。
同書の後書きには、原が深刻な病を抱えながら奇跡的にそれを克服し、同書を上梓したことが書かれている。以来、ひそかにこの方の近況などを時折気にしていたのだが、2021年に逝去されたのだという。もしご存命であれば、〈ポスト戦後〉ならぬ〈ポストコロナ〉の今日をフィールドに、健筆を奮われたであろう。残念でならない。(2024/10/12)