
SUMMARY
1980年代は特撮にとって衰退期であり、転回期を迎える前史でもあった。アニメやゲームが台頭する中、制作数が減った特撮は、やがて郷愁の対象ともなり、『ウルトラマン』シリーズに関しては自伝的ないくつかのドラマも生まれた。エポックメーキングとなったのは、『ウルトラマン』シリーズの作者としての金城哲夫の「発見」であった。1992年、山田輝子『ウルトラマン昇天―M78星雲は沖縄の彼方』で金城哲夫が注目を浴び、1993年にはテレビ番組『驚きもものき20世紀』で特集される。金城は没後10年以上を経て、脚光を浴びる。
ここに織り交ぜられたのがポップカルチャー概念である。1990年代に日本のアニメやマンガ、ゲーム等の評価が高まっていくのを受けて、1970年代のように児童を取り巻く娯楽の主という立場からは離れていた特撮も文化と目され、『ウルトラマン』シリーズも文化資源として認識されはじめる。これは特撮にとって、衰退の後の転回であった。
そしてこの時期の特撮をめぐる状況で見逃せないのはデータベース消費と、メディア環境が多様化することで、コンテンツも多様化するということである。
なおここでは特撮をめぐる雑誌とのメディアミックスについても、ファン文化と絡めて扱う。
特撮の再興
作者の「発見」にはじまる特撮の転回と、広告としての活用―『ウルトラセブン 太陽エネルギー作戦』と『ウルトラマンゼアス』
/山田輝子『ウルトラマン昇天―M78星雲は沖縄の彼方』の出版で金城哲夫が注目を浴びる中、『怪獣学・入門!』で『ウルトラマン』シリーズの作家論を発表した切通理作は、1993年、『怪獣使いと少年 ウルトラマンの作者たち』(宝島社)を上梓する。『ウルトラマン』シリーズを手掛けた代表的な脚本家、金城哲夫、佐々木守、上原正三、市川森一のうち、物故していた金城を除く3人へのインタビューを中心に据えた同書は、まとまった分量をもつ単行本としては初の『ウルトラマン』シリーズの評論であった。このように、『ゴジラ』や『ウルトラマン』シリーズの作者として強烈に印象付けられていた円谷英二以外の『ウルトラマン』シリーズの作者が「発見」されたことで、作品そのものも、郷愁の対象としてのみではなく、文化的な産物として認識されるという転回を迎えることになる。
1993年に放映された『ウルトラセブン』の後日談、『ウルトラセブン 太陽エネルギー作戦』は、通産省の広告的なコンテンツとして成立した。1996年に公開された『ウルトラマンゼアス』もまた、出光興産の広告として制作された映画であった。「ゼアス」は出光の主力商品であるガソリンの商品名である。防衛庁や銀行がウルトラマンをイメージキャラクターに起用したことの「意外性」が、1980年代末には記事化されていたが、知名度が高く、最初に視聴していた世代が年を重ねていたことから、『ウルトラマン』シリーズは広告として機能し続け、広告機能を持つ新たな映像作品が成立するまでに至っていた。
→詳細は博士論文「4-3-1 作者の「発見」にはじまる特撮の転回」参照
1990年代後半―再興する特撮、この時期メディアは特撮をどう扱ったか
/1990 年代前半は、80年代に続き、特撮は衰退期と言えるほど本数は少なく、映画では『ゴジラ』シリーズ、テレビでは『スーパー戦隊』、『メタルヒーロー』の両シリーズが継続して存在する以外、大きな動きはなかった。だが、映画では 1995 年に『ガメラ』シリーズが、テレビでは1996年に『ウルトラマンティガ』で『ウルトラマン』シリーズが再開され、『仮面ライダー』シリーズに至っては、2000年の『仮面ライダークウガ』以降、現在まで途絶えることなく新作が放映され続けるなど、90 年代後半には特撮の主要シリーズが再興することとなった。
1996 年は『ウルトラマン』シリーズの30周年の年であった。『読売新聞』では「空想科学ドラマ、ウルトラマン・シリーズが誕生して今年で三十年になる。生まれたヒーローは二十一人。かけ声『シュワッチ!』は、今や世界の共通語だ。『国際化』と『庶民化』という二つの言葉に集約されるシリーズの歳月を振り返ってみよう。」と始まり、ウルトラマンが「庶民化」し、CMや町おこしに生かされていることが記された。
雑誌『DIME』では『ウルトラマン』シリーズのファンが親子二代にわたっていること、シリーズのキャラクターが企業や商品広告として、数多く起用されていること、海外でも人気を得ていることなどが記される。
1980年代には特撮は嘲笑の対象として面白おかしく扱われることが多くあった。しかし、90年代にはその状況は少しずつ変わっていった。
→詳細は博士論文「4-3-2 1990年代後半―再興する特撮と恋愛表象」参照
→詳細は博士論文「4-3-1 作者の「発見」にはじまる特撮の転回」参照
俯瞰的表象性のドラマから縦軸を貫くドラマへ―セカイ系的恋愛表象と観念的SF
ドラマを貫く縦軸と、恋愛表象、セカイ系、観念的なドラマツルギー
/『ウルトラマンティガ』以降、『ウルトラマンメビウス』(2006 年~2007年)までを一区切りと考えるが、そこにはいくつかの特徴がある。それは、ドラマを貫く縦軸の設定、つまり連続ドラマ性が採り入れられるという枠組みの変化である。中でも、恋愛表象が色濃く現れたのが特徴的である。
特に最終回近く、世界の終わりという大事態を迎える緊迫感と、一個人としての恋愛感情の高揚が、あたかも相似的に響き合うことでドラマのクライマックスを迎える展開は、同時代に着目された「セカイ系」と言われるドラマツルギーと響き合うものであった。
恋愛要素のほか、『ウルトラマンティガ』では、電磁波があることで生まれた怪獣の登場や、陽子と反陽子をぶつけて光を推進力とするという技術、マキシマオーバードライブという疑似科学が設定されるなどSF性も復調した。特撮と科学の関係は遺伝子工学がキーとなる『ゴジラVSビオランテ』(1989年)や、電磁波が扱われ、実在する札幌市の青少年科学館も描かれる『ガメラ2 レギオン襲来』( 1996 年)など、映画特撮においては特撮と科学的事象は密接な関係にあった。
『ウルトラマンティガ』では光という概念が、科学技術の頂点であると同時に、人の至高の状態であり、またウルトラマンを示す比喩としても劇中で用いられた点に特徴があるだろう。つまり光とは、科学技術、人間、ウルトラマンを高次で結びつけると同時に、科学と観念を一体化する概念であった。「ウルトラマンは光、怪獣は闇」とい比喩的な二項対立はシリーズを貫く縦軸として明示された。
次作『ウルトラマンダイナ』最終回では、高度に観念化したドラマが展開され、そこに内在するテーマは一層、抽象化した。
→詳細は博士論文「4-3-2 1990年代後半―再興する特撮と恋愛表象」「4-3-3 ドラマを貫く縦軸と、観念的なドラマツルギー、二次創作性」参照
データベース消費と郷愁のまなざし
以後、随時追加(2026年以降 公開予定)