
SUMMARY
軽佻浮薄とも表現される1980年代。多様化するアニメ文化やファミコン以後のゲーム文化の繚乱を尻目に、特撮は制作本数を減らしていく。果ては嘲笑の対象として消費されていた。そのような逆風の中ではあったが、特撮やアニメのファン文化は確実に拡張していき、またポップやカジュアルを排除しない、ニューアカデミズムとも言われるような学問や評論の新たな波は静かにアニメや特撮にも及び、これらを論評の俎上に上げた。そして昭和―平成の転換期に昭和懐古のブームが起こると、特撮もまた郷愁の対象と化していった。このことは、90年代以降、特撮はポップカルチャーの一翼を担うものとして再発見される前史として機能することであった。
特撮をめぐるこのような曲折の背景には、子ども番組と一般向け番組のボーダレス化、再放送の減少とビデオ普及までのタイムラグなどがあった。
1970年代以降の特撮の状況―隆盛期を過ぎて迎えた1980年代―
1970年代後半―『ウルトラマン』『仮面ライダー』両シリーズ終了後―少年ドラマへのリレーとSFとの距離
/特撮の衰退は1970年代後半に進行していった。『ウルトラマン』、『仮面ライダー』、『ゴジラ』というテレビ、映画の特撮の主要シリーズが終了した後も人気を博したのは、2年6カ月続いた『がんばれ! ロボコン』と、2年続いた『秘密戦隊ゴレンジャー』であることを述べたが、これらはともに1977年3月の番組改編期に終了する。両作のコンセプトを濃厚に継いだ後番組『ロボット110番』(1977年)、『ジャッカー電撃隊』(1977年)もそれぞれ3クールという短さで終了した。
1970年代の特撮が、少年向けドラマとして存在したことを述べたが、やがて、特撮の制作者たちは怪獣やヒーロー、あるいはロボットといった特段のキャラクターも出ない(=特撮ではない)少年ドラマを手掛けることとなる。それが、『ロボット110番』の後番組である『がんばれ! レッドビッキーズ』であった。
一方で、アメリカの『猿の惑星』、『スターウォーズ』等の海外産のSFに触発されるかたちで生み出された特撮コンテンツもあったが、大きな話題にはならなかった。もともとSF(空想科学)から派生した特撮であったが、もはや特撮は、ヒーローや怪獣、怪人というキャラクターを伴い、主に児童に訴求するジャンルとして独立しており、必ずしもSFとの親和性が高いとは言えるものではなかった。
→詳細は博士論文「4-2-1 1970年代後半―『ウルトラマン』『仮面ライダー』両シリーズ終了後」参照
1970年代後半―現行作品不在期の「ウルトラ兄弟」消費とスーパーカーブーム、ロボットアニメと特撮をめぐる玩具メーカーの影響力
/『ウルトラマン』シリーズにせよ、『仮面ライダー』シリーズにせよ、現行作品がないにもかかわらず、この時期、児童誌では既存作が恒常的に扱われていた。表紙を飾ったり、雑誌の目玉となる特集として扱われたりするなど、むしろ現行作品以上の露出が見られるほどであった。その上、『全怪獣怪人大百科』に代表されるケイブンシャの大百科シリーズのラインナップとして 、『ウルトラマン大百科』(1978年)や、『仮面ライダー大百科』(1978年)、『続・ウルトラマン大百科』(1979年)等が刊行され、小学館のコロタン文庫でも『ウルトラマン全百科』(1979年)、『ウルトラ怪獣500』(1979年)があるなど、第2次怪獣ブームで集積された莫大なテレビ特撮の情報は盛んに流通されていた。
また現行作品があればいやが上にもその作品のメディア露出や関連商品の消費が増えるが、現行作品のないこの時期には『ウルトラマン』シリーズであれば、「ウルトラ兄弟」としての露出、同様に『仮面ライダー』シリーズでも、「7人ライダー」等の呼称で、既存の仮面ライダーたちを集めた露出が一般的であった。マンガでは『小学三年生』に1975年4月~1976年3月まで、ウルトラ兄弟の活躍を描くマンガ「さよならウルトラ兄弟」(内山まもる)が掲載され、1978年『コロコロコミック』特別増刊2号には「決闘ウルトラ兄弟」(かたおか徹治)が掲載され、それぞれ『ザ・ウルトラマン』 、『ウルトラ兄弟物語』として単行本化された 。
→詳細は博士論文「4-2-1 1970年代後半―『ウルトラマン』『仮面ライダー』両シリーズ終了後」参照
以後、随時追加(2026年以降 公開予定)