ウルトラマンシリーズ、特撮文化の研究と批評/A Study of Tokusatsu"live action films" Culture by KAMIYA Kazuhiro


5 文化資源としての『ウルトラマン』シリーズ―芸術としての再発見と、教育、広告、観光資源等への活用―



 1990年代以降の再興、転回でポップカルチャーが、そして『ウルトラマン』シリーズは文化的な産物と見なされ、ひいては各方面で活用される文化資源となっていった。ここでは、その文化資源としての活用の状況を「芸術」「教育」「広告」「地域振興・観光」「テレビドラマ」の各方面に見ていく。

『ウルトラマン』シリーズの音楽

/特撮の芸術性が注目された嚆矢、そして『ゴジラ』が1980年代に評価されるに至った経緯に、作曲家伊福部昭への注目があった。早くから、『ゴジラ』の「作者」として認知されていた円谷英二の死後、『ゴジラ』シリーズのブランク期にその人気が再燃した際、『ゴジラ』の作者として注目され始めたのが伊福部であった。以後、映画特撮の音楽の作者として伊福部への注目は、逝去するまで持続した。

音楽については、『ウルトラセブン』の主題歌をはじめ、同番組以降、『ウルトラマン80』まで(『ウルトラマンタロウ』を除く)のシリーズの音楽を担った作曲家の冬木透への注目が上げられる。

→詳細は博士論文「5-2-1 『ウルトラマン』シリーズの音楽」参照

『ウルトラマン』シリーズの美術―成田亨の再評価

/美術面では『ウルトラQ』~『ウルトラセブン』での、成田亨によるウルトラマン、ウルトラセブン、怪獣、メカニクスなどのデザインが芸術としての評価を得、出身地である青森県立美術館では常設展示がされている。また「ウルトラマンアート! 時代と創造」(2010年~2012年)、そして個人名を冠した回顧展「成田亨 美術/特撮/怪獣」(2014年~2015年)でも原画を中心とする作品が展示された。

音楽面同様、美術面の芸術性についても、成田が『ウルトラマン』シリーズに関わっていた時分から評価を得ていたものではなかった。1980年代にはファンの間においては、成田はウルトラマンや怪獣をデザインしたという点で、金城哲夫らと並んで、初期『ウルトラマン』シリーズの作者の一人として認知されるに至ったが、ファンや研究者、批評家らを除けば、ポップカルチャーの芸術性が多くの人に認められているとは今も言えず、美術館のような場で扱われるには、より時間を要した。

『ウルトラマン』シリーズの美術が芸術として受容され始めるエポックメーキングは1990年代にいくつかあった。『怪獣学・入門!』で椹木野衣は、成田の怪獣のデザインをプリミティビズムやダダイズム、またシュールレアリスムの脈絡から解釈し、その芸術性を評した 。椹木は1999年、自らが企画を手掛けた展覧会「日本ゼロ年」(水戸美術館)で成田亨の描いた原画を、公立の美術館では初めて展示した 。また現在、成田の作品を所蔵、展示する青森県立美術館が成田の作品を扱い始めたのもこの時期からであった。

→詳細は博士論文「5-2-2 『ウルトラマン』シリーズの美術―成田亨の再評価」参照

『ウルトラマン』シリーズの芸術性―パブリックアートとして

/昭和の『ウルトラマン』シリーズが放映当時は、子ども番組全般が文化的なものと見なされずにいたことで、その芸術性にはあまり目が向けられていなかったが、90年代以降に生じた、『ウルトラマン』シリーズの作家を発見するまなざしの中で、その芸術面での作家にもまなざしが向けられた。そこから成田亨や冬木透という作家、また彼らの作品の価値が認められはじめた 。

「人生で一番影響を受けたのは『ウルトラマン』」と、『ウルトラマン』シリーズの芸術性を評価する一人に村上隆がいる。村上は成田の作品について「芸術家としての教養がにじみ出」ており、その点が「怪獣が好きで特撮の世界に入った人たち」の作品との違いであり、「時代を超える力がある」と言う 。このような芸術性を無償で、しかも芸術に触れようという意図をもたない視聴者に、自然と触れさせる機能を持ち得ていた点で『ウルトラマン』シリーズの芸術は、映像を介したパブリックアートであったと言えるだろう 。

→詳細は博士論文「5-2-2 『ウルトラマン』シリーズの美術―成田亨の再評価」参照

『ウルトラマン』シリーズと広告

/広告と特撮の歴史を眺めれば、1960年代までは豊かな暮らしをもたらす家電が、テレビ特撮のもつSF性と重なるかたちで、ナショナル提供の『ナショナルキッド』のように、大手家電メーカーが特撮のスポンサーになる例が見られた。
 『ウルトラマン』シリーズの場合、インスタントラーメンのコマーシャルでは、熱湯を入れて 3 分後にはカラータイマーが鳴り、ラーメンを食べられずに終わるというオチがつくが、これはウルトラマンの活動時間が 3 分であるという設定が、一般に広く知られているがゆえに成立する。
 『ウルトラセブン 太陽エネルギー作戦』や『ウルトラマンゼアス』もそれぞれ、通産省や企業の広告という意味合いをもった作品であり、元来、『ウルトラマン』シリーズは、広告として多岐に展開されていた。

→詳細は博士論文「5-4-1 『ウルトラマン』シリーズと広告との関わり」参照

「20代ヤングレディス」に訴求する広告コンテンツ化―アミュプラザ博多の事例

/2014 年に福岡県のJR博多シティ「アミュプラザ博多」で『ウルトラマン』シリーズのキャラクター、特にウルトラの母を「モデル」とする数々の広告が展開された。「20代ヤングレディス」という、従来『ウルトラマン』シリーズが置かれることのなかった文脈で、広告のモデルとして起用されている点は特徴的である。ウルトラの母というキャラクターの「モデル」化については、母親もおしゃれをしたい/(当然)してよい、母親も「ヤングレディス」の一翼を担う、といった現実的な文脈が、「ウルトラの母だっておしゃれしている」というかたちで体現されているといえるし、いわゆる「萌え擬人化」などとは異なる、二次創作的な見立てであるともいえる。

→詳細は博士論文「5-4-2 「20代ヤングレディス」に訴求する広告コンテンツ化―アミュプラザ博多の事例」参照(広報担当者からのコメントもそちらに)

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